大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成7年(行ツ)137号 判決

愛知県日進市浅田町平子四-三五四

上告人

夏目正

右訴訟代理人弁護士

伊藤勤也

渥美雅康

海道宏実

加藤美代

阪本貞一

長谷川一裕

松本篤周

森山文昭

名古屋市中村区太閤三丁目四番一号

被上告人

名古屋中村税務署長 亀谷幸一

右当事者間の名古屋高等裁判所平成五年(行コ)第二七号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成七年四月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤勤也、同渥美雅康、同海道宏美、同加藤美代、同阪本貞一、同長谷川一裕、同松本篤周、同森山文昭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成七年(行ツ)第一三七号 上告人 夏目正)

上告代理人伊藤勤也、同渥美雅康、同海道宏美、同加藤美代、同阪本貞一、同長谷川一裕、同松本篤周、同森山文昭の上告理由

第一 原判決には、審理不尽、理由不備の違法がある。

一 原判決の引用する第一審判決は、「第三 争点に対する判断一1(一)において、(1)~(6)の事実を認定した上で、右(1)~(6)の事実及び上告人が不動産業を営んでいることから、上告人が、転売目的で、第一審判決の別紙物件目録一の土地(以下「本件土地」という)を購入し所有していたとの事実を認定している。しかしながら、右認定は明らかに違法である。

1 右(1)、(3)及び(5)は、いずれも上告人が転売目的で本件土地を購入したという結論と結びつくものではなく、理由と結論に齟齬があると言わざるを得ない。特に、(5)の事実は、購入後二年近くも経ってから初めて本件土地の売買交渉を始めたことは、むしろ購入当初は、売却の意思がなかった事実を強く推認させるものである。

2 (2)においては、『原告は、本件土地の購入に際し、中京銀行から、返済期限・昭和六二年八月二八日、利息・年六、二五パーセントとして一億四〇〇〇万円の手形貸付を受けた(その利息は、一箇月約八三万円である)が、その貸出申請書には、「資金使途」として「(本件土地の)商品物件購入資金及び日進町浅田の整地費用」、「返済財源・返済方法」として「上記物件売却により返済する」と記載した』との事実を認定している。すなわち、上告人本人が、貸出申請書を記載したとの事実認定をしているのである。しかし、上告人本人が貸出申請書を記載したなどという事実を根拠付けるような証拠は、裁判上なんら提出されておらず、かえって、乙第五号証には、「貸出申請書は(中京銀行行員である)加賀が作成した」旨の、右認定事実に反する記載がある。にもかかわらず右のような事実を認定した原判決には明らかに経験則に反するものであり、民訴法三九四条の法令違背にあたる。

右事実がもし真実であるならば、上告人が、本件土地を初めから売却目的で購入したことが強く推認されるのであるから、右経験則違背が判決に重大な影響を及ぼすことは明らかである。

3 次に(4)においては、『中京銀行は、原告の依頼により、昭和六二年八月三一日、右(2)の融資を返済期限を昭和六三年一二月二〇日と定めて継続したが、その際、原告は、中京銀行に対し、継続理由として、本件土地の売却により返済予定であったが根気は利益が相当見込まれるため本件土地は当分の間売却せず所有する旨説明した』との事実を認定している。しかし、この事実を根拠づけるような証拠は、貸出申請書をもとにして中京銀行行員が申述したことを聴取した、乙第五号証のみであるところ、右貸出申請書は、行員が審査を通すため、確実な返済見込みがあるようにもっともらしいことを記載するのが常態であり、物件の転売により返済というのは決まり文句であり、必ずしも真実であるとはかぎらないものである。したがって、これに基づく乙五号証も信用に値するものではない。

このことの不合理さは、原審が「第三 争点に対する判断9」において、被上告人の主張を鵜呑みにし、甲第六号証の信用性を認めないことと対比すればいっそう明らかになる。これは、税務署の主張は正しいであろうという誤った先入観、偏見にとらわれたもので、十分な審理もせずに貸出申請書は信用でき、チェックリストは信用できないなどと断ずるのは、審理不尽、理由不備の謗りを免れない。

4 (6)においては、『原告は、本件土地取得後昭和六二年一二月までは、本件土地をたな卸資産として計上し、本件土地を駐車場として賃貸して得た収入は、昭和六一年分については事業所得として確定申告をしたこと』を認定している。確かにこのような確定申告をしているのであるが、上告人は、右申告が誤っていたと主張しているのであり、その点が争点になっているにもかかわらず、原判決はその点につき何ら判断していない。

もしこれが、右確定申告が正しいものであるという意味であるとすれば、そのような認定は、証人関の証言並びに甲第一一号証及び第一三号証を何らの正当な理由もなく排斥したものであり、経験則に反するのは明らかである。

5 更に、上告人が不動産業を営んでいることをも理由としているが、不動産業を営む者の所有する不動産が全て転売目的でなければならないという必然性は毫も存在しない。不動産業者であっても、自宅を所有することもあるし、賃貸目的で所有することもあるのである。

6 以上のとおり、右(1)~(6)及び、上告人が不動産業を営んでいることは、いずれも、事実誤認であるか、上告人が転売目的で本件土地を購入し所有していたとの事実を導くことはできないものであるので、原判決には論理の飛躍があり、理由不備、理由齟齬が存する。

二 原判決は、「第三 争点に対する判断5」において、被上告人の担当者が、一九八八年九月頃、上告人に対し、本件土地は事業用固定資産であり、そのように振り替えれば事業用固定資産と認められると説明した、という上告人の主張に対し、上告人の主張に沿う証拠は必ずしも信用できない旨判示し、その理由として、村田善清の供述調書、松本憲靖の聴取書及び右両名の証言をあげている。

しかしながら、一九八八年九月頃、上告人が名古屋中村税務署に訪れた際応対した担当者は、右松本憲靖ではなく、加藤弘和であった。上告人は、原審において、右主張事実を立証するため、右加藤に、右主張事実を確かめたことにも触れながら、同人の証人申請をしたのであるが、原審は、右証人を採用しなかった。

しかるに、右加藤は、前述のように、上告人が税理士伊藤善吉とともに名古屋中村税務署に出頭した際、本件土地の売却に関して、経緯を説明し、所得税及び租税特別措置法上の取扱いについて相談をしたときの担当者で、右上告人主張事実について最もよく知る証人なのであるから、右事実を明らかにするには不可欠の証人であったのである。

にもかかわらず、原審が右証人を採用せず、右上告人主張事実についての審理を尽くさずにおいて、漫然と「上告人の主張に沿う証拠は必ずしも信用できない」旨判示し、右上告人主張事実を認定しなかったことには、審理不尽、理由不備の違法があることは明らかである。

第二 原判決には、以下のような、判決に影響を及ぼすことの明らかなる法令の解釈適用の誤りがある。

原判決の引用する第一審判決は、「第三 争点に対する判断一2」において、『仮に上告人(第一審原告)の主張するような納税相談がされたとしても、それは資料も持参せずにされた程度のものであり、原告に対し権限のある者が公式の見解の表示と受け取れるような説明をした事実は窺えないから、信議則の法理を適用すべき特別の事情があったとすることはできない』旨判示する。

しかしながら、一般の納税者が納税相談に行った場合、右納税者にとっては、その窓口で応対に当たった担当者の助言・意見が全てであり、その助言・意見にしたがって行動、申告するのが当然である。現に上告人も、担当者の助言に従って本件土地を売却し、かつ確定申告もしているのである。

もし、担当者の助言・意見に加えて権限のある者の公式の見解の表示が必要であるとするならば、納税者は、納税相談に行くたびに、担当者が権限のある者であるかどうか確かめた上で、そうでないのであれば、その担当者の言うことは一切信用してはならないし、権限のある者を呼び出さなければならないことになる。更に、公式の見解であるのか、個人的見解であるのかを確かめなければならない。そのことが、いかにばかげたことであるのか、権限のある者の労力をいかに飛躍的に増やすことになるのか容易に想像できるところである。

それを貫くのであれば、納税者の、税務署に対する信頼は一切失われ、誰も税務署職員の言うことを信用しなくなり、税務行政に支障が出ることは明らかである。

したがって、納税相談等において説明されたことを信じ、それに基づいて行動、申告した納税者の信頼は保護されるべきであり、納税相談等において説明したことと異なる更正処分をすることは、信議則に反するものと言わざるを得ない。

この点で、信義則の法理の適用はないとする原判決は、信議則の法理の解釈適用を誤った違法があり、右法令違背は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三 結論

以上述べたとおり、原判決は、経験則に違背して本件不動産が棚卸資産であるとの誤った事実認定をするとともに、法令の解釈適用を誤ったものであり、いずれの点よりするも原判決は違法であり、ひいては、法に違反して過大に税を課すことは、租税法定主義を定める憲法第三〇条、八四条に反するものであり、破棄を免れないものと言うべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例